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13.06.09.王子神社(東京都北区)

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Photos: 13.06.09.王子神社(東京都北区)

Photos: 13.06.09.王子神社(東京都北区) Photos: 12.04.10.王子神社(東京都北区)

2012年04月11日 10:34
12.04.10.
13.06.09.


●王子神社――
旧称、王子権現。
御祭神、伊弉諾命(いざなぎ) ・伊弉冉命(いざなみ) ・天照大御神 ・速玉之男命(はやたまのおのみこと) ・事解之男命(ことさかのおのみこと)。総称して王子大神。
創建年代不詳。元亨2(1322)年、当地の領主 豊島氏が社殿を再興し、熊野新宮の浜王子より“若一王子宮”を改めて勧請・奉斎し、王子神社となる。
御神徳、開運除災・厄除・招福、運気回生、子育大願、家内安全、身体健全、交通安全など。

神社下を流れる石神井川。この付近では特に音無川と呼ばれる。
戦前は“太田道灌雨宿りの椎”と伝えられる巨木を始め、多くの樹木が茂り、勝海舟も修行したと伝えられるが、戦災で都指定天然記念物の大イチョウを残し、ほとんどを焼失している。
飛鳥山もかつては社領。


●関神社――
髪の祖神。音曲諸芸道の神。
御祭神、蝉丸公(神霊) ・逆髪姫(神霊) ・古屋美女(神霊)。
髪の毛が逆髪である故に嘆き悲しむ姉“逆髪姫”のために、侍女の“古屋美女”に命じて「かもじ・かつら」を考案し、髪を整える工夫をしたという。この伝説から、髪の祖神と崇敬を集め、“関蝉丸神社”として滋賀県大津の逢坂山に祀られている。
その御神徳を敬仰する人達、かもじ業者が中心となって江戸時代に奉斎された。
(※髢――髪を結ったり垂らしたりする場合に地毛の足りない部分を補うための添え髪・義髪のこと。)
大戦の戦災により社殿は焼失したが、昭和34(1959)年、全国各地の「かもじ・かつら・床山・舞踊・演劇・芸能・美容師」の浄財により再建された。
髢、鬘や床山業界の方々の信仰厚い神社。境内には毛髪報恩のための毛塚も建立されている。


◎蝉丸――
百人一首で著名な、あの蝉丸。せみまる。せみまろ。
宇多天皇の皇子 敦実親王の雑色、
醍醐天皇の第四皇子、
仁明天皇の時代の人、
盲目の琵琶法師だった、
盲人ではなく単に乞食である、
などなど諸伝存在し、生没年も不詳。
だが、旧暦5月24日および新暦6月24日(月遅れ)が「蝉丸忌」とされている。
後に皇室の御物となった琵琶の名器“無名”を愛用していたと伝えられる(琵琶の名手だった)。

管弦の名人であった源博雅が、逢坂の関に住む蝉丸が琵琶の名人であることを聞き、蝉丸の演奏を何としても聴きたいと思い、逢坂に3年間通いつづけ、遂に8月15日夜に琵琶の秘曲「流泉」「啄木」を伝授されたという。
※逢坂の関に庵をむすび、往来の人を見て、
これやこの 行くも帰るも 分かれつつ 知るも知らぬも 逢坂の関――
と和歌を詠んだという(百人一首では “行くも帰るも分かれては” となっている)。
逢坂の関では“関の明神”として祀られている。
和歌は上記のものが“後撰和歌集”に掲載されている他、“新古今和歌集”“続古今和歌集”の3首を含め、勅撰和歌集に計4首が掲載されている。



●王子――
伝承では、王子村は荒川の上流から見て氾濫原の右岸にある台地であったことから、古くは岸村と呼ばれていた。
元亨2(1322)年、この地に紀伊牟婁郡(きい むろのこおり) 熊野若一王子(にゃくいちおうじ)を勧請したことから、王子村と改称したといわれる(現在の王子神社)。

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